THE THINKER (ENLARGED) 考える人(拡大作)

《地獄の門》の上部中央に据えられ、地獄の諸相を見下ろす「考える人」は、当初題材である『神曲』「地獄篇」の作者である詩人ダンテを表すものでした。そしてこの像が《地獄の門》から切り離され、《考える人》の拡大版が単独像として初めてコペンハーゲンの展覧会に出品されたとき(1888年)、その題名はダンテやボードレールを意識して「詩人」とされました。しかし次第に《考える人》は単独像としての歩みを始め、特定の詩人ダンテだけを示すのではなく、広く「思惟=pensée」する人、すなわちアンドレ・フォンテナが指摘するところの「無名の創造者」として普遍的な意味での「考える人」になりました1)。他方、ロダンが彫刻家であると同時に「詩人」でもあるという言い方は、同時代の象徴主義の批評にしばしば見られます。たとえば象徴主義の詩人スチュアート・メリル(1863-1915)はロダンを「偉大なる絶望の詩人」「熱情の詩人」「魂の詩人」と称しています2)。詩人ダンテに始まった《考える人》は、彫刻を含むすべての創造者とされ、魂の詩人=彫刻家ロダン自身へとつながるのです。
《考える人》は、約70センチメートルのサイズをオリジナル・サイズとして制作され、1903-04年にルボセにより拡大されました。
本作は拡大されることで、腕や足の各部、背中の筋肉表現などがより誇張され、観る者にさらに強い印象を与えることとなりました。ブールデルは本作について「この偉大なミケランジェロの友は、その静かなる眼差しの精神でわたしたちを満たす」3)と書いています。注文に応じ多数のブロンズ像や大理石像が制作されるなか、市民の募金によって本作をパリのシンボルとして設置する計画がもち上がり、1906年にはパンテオンの前に設置されることにもなりました。
国立西洋美術館所蔵作以外に、国内には京都国立博物館、名古屋市博物館、静岡県立美術館に拡大された《考える人》のブロンズ像が所蔵されている。京都の作品は、1923年にベネディットの協力のもとデルスニスが日本に将来し、展示したものである。

1)《考える人》についてのアンドレ・フォンテナによる発言の引用として、「彼(考える人)はいかなる名前も冠していない。いかなる名声も保証されない。彼は無名の創造者であり、社会生活で生じるさまざまな問題に直面すべき存在なのである」がある。Anonyme,"Le «Penseur» de Rodin," L'Art Moderne, 22 May, 1904, pp.169-170.
2)Stuart Merril,"La Philosophie de Rodin," Auguste Rodin et Son Œuvre, Paris: Éditions de La Plume, 1900, pp.18-19.
3)Antoine Bourdelle, "L'Art et Rodin," Antoine Bourdelle, La Sculpture et Rodin, Paris: Arted, Éditions d'Art, 1978, p.163.

(大屋美那監修/編集『手の痕跡 : 国立西洋美術館所蔵作品を中心としたロダンとブールデルの彫刻と素描』 展覧会図録、東京:国立西洋美術館、2012年)

制作年

1881-82年(原型)、1902-03年(拡大)、1926年(鋳造)

材質・技法・形状

ブロンズ

寸法(cm)

186 x 102 x 144

署名・年記

台座右側面に署名: A. Rodin; 台座背面右下に鋳造銘: Alexis Rudier / Fondeur Paris

所蔵経緯

松方コレクション

Standard ref.

M1288

分類

彫刻

所蔵番号

S.1959-0040

来歴

松方幸次郎氏購入; 1944年フランス政府が接収; 1959年フランス政府より寄贈返還.

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