SAINT JOHN THE BAPTIST PREACHING 説教する洗礼者ヨハネ
《青銅時代》に続く初期の大作であり、1880年のサロン展に石膏像が、翌年ブロンズ像が発表されました。主題は聖書からとられた洗礼者ヨハネですが、伝統的なヨハネ像がしばしば手に持つ杖はなく、皮衣も身に着けない裸体で表現されています。両足を前後に大きく開き、訴えかけるような表情から、預言者として荒野で人々を先導する姿が想起されます。ロダンはこの作品をひとりのモデルの登場を契機に制作したと語っています。ある日、モデルの仕事を得ようと偶然アトリエを訪れたイタリア人ピニャテッリの粗野で力強い姿に神秘性を見いだしたロダンは、「これは歩く男だ!」と叫び、すぐに洗礼者ヨハネの主題を思いついたと語っています1)。
背中や脚部などに筋肉のうねりが顕著に表されていますが、歩くという動きにたいして身体の各部分の形は不自然に見えます。開いた両足には体重の移動がなく、人間が前進する動きではありません。また右肩の関節の位置は解剖学的に正確とはいえず、よく見ると腕も異常に長い。しかし部分的に見ると不自然な身体の各部は、総合されたときに美しいシルエットと強い説得力をもって観者に訴えかけます。右足を前に出すのと反対に上体を右にわずかに回転してできる身体のねじれには、ロダンが古代やルネサンスの彫刻から学んだ身体表現の法則が転用されているのでしょう。
ブールデルは本作のために集中して粘土をこねるロダンの姿を、銅版画に向かうオランダの巨匠レンブラントに比して、両者の一致を強調します。そのうえで「画家〔レンブラント〕は彼が描く驚異的な影から人間の魂を引き上げ、彫刻家〔ロダン〕は彼が形づくる無数のプロフィールから抗しがたい魅力によって人間の魂を構築する」2)と語っています。
この像は約20年後に頭部と両腕が取り去られ、主題と切り離され、「歩く」行為そのものを示すという意味で《歩く男》という作品に変容されました。
1)Dujardin-Beaumetz, Entretiens avec Rodin, Paris: Éditions du Musée Rodin, 1992, p.65.
2)Bourdelle, 1978, pp.138-139.
(大屋美那監修/編集『手の痕跡 : 国立西洋美術館所蔵作品を中心としたロダンとブールデルの彫刻と素描』 展覧会図録、東京:国立西洋美術館、2012年)
制作年
1880年(原型)、1944年(鋳造)
材質・技法・形状
ブロンズ
寸法(cm)
201 x 58 x 127
署名・年記
台座上面前方に署名: A. Rodin; 台座背面に鋳造銘: Alexis. Rudier / Fondeur. Paris
所蔵経緯
松方コレクション
Standard ref.
M1300
分類
彫刻
所蔵番号
S.1959-0052
来歴
松方幸次郎氏購入; 1944年フランス政府が接収; 1959年フランス政府より寄贈返還.
※このサイトでご覧いただけるすべての3Dモデルは、山田修氏により計測・作成されたものです。
