MASK OF HANAKO 花子のマスク
1906年、ロダンはマルセイユの劇場でひとりの日本人女優の演技に魅了されました。花子、本名太田ひさ(1868-1945)は、アメリカ人ダンサーのロイ・フラー(1862-1928)の構想による「芸者の仇討」と「ハラキリ」で死の演技を披露し、それがロダンの目にとまったのです。ロダンはフラーを仲介として花子にアトリエでモデルになるよう依頼し、翌年花子はパリを訪れました。小柄で痩せた花子の肉体の魅力についてロダンは、「その動きと巧みに作られた衣裳の衣紋」にあると語り、また「じっとしていると、動脈の脈打ちや鼻孔の動きにしか生命を感じられないほど不動」を保つことができると驚異の目を向けています。他方で、花子はロダンのもとでポーズをしたときの思い出として、緊張のあまり30分じっとしていられなかったと述べています。
ロダンは花子をモデルにして多数の素描と、頭部像を制作しました。頭部像は少しずつ表情や形式を変えてつくられており、ロダン美術館ではそれらを7種類に分類しています。国立西洋美術館所蔵の《花子の頭部》はタイプA、《花子のマスク》はタイプEに含まれます。タイプAの《花子の頭部》はこのシリーズでは最初に制作されたもので、眉問に寄せた皺が顔全体の表情をわずかに歪ませるものの、均整のとれた作品に仕上げられています。死への恐怖と痛みに顔を歪める表情を中心に制作された一連の花子の頭部ですが、《花子のマスク》はそのなかにあって異例なものといえるでしょう。ちょうど顔のふちで波打つように切り取られたマスクは、穏やかに夢を見るような表情を浮かべています。
1)クローディー・ジュドラン、陳岡めぐみ訳「ロダンが花子を素描する」『ロダンと日本』展覧会図録、静岡:静岡県立美術館;名古屋:愛知県美術館、2001年、41頁。
2)澤田助太郎『ロダンと花子』名古屋:中日出版社、1996年(初版1983年)、63頁。
(大屋美那監修/編集『手の痕跡 : 国立西洋美術館所蔵作品を中心としたロダンとブールデルの彫刻と素描』 展覧会図録、東京:国立西洋美術館、2012年)
制作年
1907年頃
材質・技法・形状
ブロンズ
寸法(cm)
28 x 12 x 13
署名・年記
頸部左に署名: Rodin
所蔵経緯
松方コレクション
Standard ref.
M1273
分類
彫刻
所蔵番号
S.1959-0025
来歴
松方幸次郎氏購入; 1944年フランス政府が接収; 1959年フランス政府より寄贈返還.
※このサイトでご覧いただけるすべての3Dモデルは、山田修氏により計測・作成されたものです。
